札幌高等裁判所 昭和26年(う)857号 判決 1952年2月11日
控訴人 被告人 永井幸次郎
弁護人 中田克巳知
検察官 佐藤哲雄関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人中田克巳知の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載の通りであるから之を引用する。
同控訴趣意第一点について。
原判決は判示第一乃至第四の各事実認定の証拠として証人伊藤貞四郎、同白浜政太郎、同辻武吉、同前田正義に対する裁判官の尋問調書を夫々採用しており右各尋問は本件起訴(昭和二十六年六月十六日)の以前である昭和二十六年六月十二日に岩内簡易裁判所に於て為されたこと右各証人の尋問には弁護人を立ち会わせなかつたことはいづれも所論の通りであり右各尋問調書には刑事訴訟規則第百六十条所定の書類が添付されていないが同調書に検察官が立ち合つた旨記載してあるところよりすれば所論の通り刑事訴訟法第二百二十七条に基く検察官の請求によつて為されたものと解すべきである。しかし同条の尋問請求は第一回公判期日前である限り起訴の前後を問わず為し得るものと解するのが相当であり右請求が同条第一項所定の条件を具備しているかどうかの認定権は請求を受けた裁判官に在りと解するのが相当であるから同裁判官が右条件を具備するものとして尋問した前記各証人の尋問調書には何等違法の点がない。のみならず刑事訴訟法第二百二十七条の証人尋問には被告人及弁護人が当然立ち会う権利を有するものではなく裁判官が捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは立会わせることが出来るに過ぎないことは同法第二百二十八条第二項に規定するところであるから前記各証人尋問に弁護人を立ち会わせなかつたことを目して違法というのは当らない。次に前記各証人は管轄外の裁判所でなされたから違法であるという主張について按ずるに管轄外の裁判所というのは事物管轄を有しないという意味か又は土地管轄を有しないという意味か必ずしも明瞭ではないが刑事訴訟規則第二百九十九条第一項によると所論各証人の尋問請求は当該事件の管轄にかかわらず請求者所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官に為すべきものであるが止むを得ない事情があるときは最寄りの下級裁判所の裁判官にこれをすることが出来るのであるから仮に岩内簡易裁判所が右いづれの管轄権をも有しなかつたとするも右規定により同裁判所の裁判官が尋問した右各証人尋問調書は適法であるといわなければならない。
然らば所論の各尋問調書を証拠に採用した原判決には何等所論のような違法の点がない。論旨はいづれも理由がない。
同控訴趣意二点乃至五点(事実誤認)について。
原判決挙示の各証拠を綜合すれば判示各事実は之を肯認するに十分であつて記録を精査するも原判決には何等事実の誤認と目すべき点がない。所論は独自の見解に基き原審の裁量に属する証拠の価値判断を攻撃しひいて原判決の事実認定を批難するものであるから採用し難い。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし主文の通り判決する。
(裁判長判事 黒田俊一 判事 佐藤竹三郎 判事 長友文士)
弁護人中田克巳知の控訴趣意
一、原審判決は其の理由に於て第一乃至第四の各事実認定に付証人伊藤貞四郎、同白浜政太郎、同辻武吉、同前田正義の各尋問調書を証拠に供した。而して前記各証人調書は本件起訴前即ち昭和二十六年六月十二日岩内簡易裁判所で尋問された調書である。該尋問調書は刑事訴訟法第二百二十七条の規定により作成されたものと思料するが該法条は起訴後第一回公判期日前に特別の場合に限り証人尋問を容認した規定であつて起訴前即ち捜査の段階に於ては許さるべきものではない。前記法条に所謂第一回の公判期日前に限りとある期日前を起訴前にまで拡張するは不当であり権利の濫用である。即ち第一回公判期日なる文言は起訴を前提とせざれば生じ得べき理由はない。
仮りに起訴前に為し得るものとしても本件証人尋問に付刑訴第二百二十七条の要件を具備しない。即ち本件に於て前記各証人は公判に於て(一)圧迫受くる虞がない。(二)犯罪の証明に不可欠のものでない。殊に同証人尋問は管轄外の裁判所でなされたこと及び同証人尋問に付弁護人に対する通知並に右尋問に弁護人の立会なかつた点等より見るも違法の手続により成立した尋問調書である。斯る調書を証拠として前記第一乃至第四の公訴事実に対して有罪の判定を為した原審判決は不当且つ違法のものである。(起訴状前示各証人調書援用)
(その他の控訴趣意は省略する。)